手仕事の光がたゆたう。HACIENDA KARUIZAWA——素材と光が語る、軽井沢の時間

部屋に入ったとき、最初に目に入ったのは光だった。
窓からの自然光が、木の壁をしっとりと照らしている。壁も天井も床も天然木で仕上げられたこの部屋は、光の当たり方によって表情が変わる。午後の斜めの光の中で、木目がくっきりと浮かび上がっていた。荷物を置いて、しばらくそのまま立っていた。どこに座ろうか、何をしようか、そういうことを考える前に、まず部屋に見入ってしまった。
「HACIENDA KARUIZAWA」は、軽井沢駅北口に今春誕生した全9室のホテルだ。ザ・コンランショップのデザイン監修による「小さな山小屋」というコンセプト。荒削りな素朴さではなく、削ぎ落とした先にある静寂。館内には名作家具とともに、複数のアーティストの作品がちりばめられていて、空間全体が静かなギャラリーのように広がっている。訪れてみて、その言葉が皮膚感覚として伝わってきた。
炎の前に座ること
ロビーに足を踏み入れると、まず暖炉の煙突が目に飛び込んでくる。軽井沢と東京を拠点に活動する画家、平澤まりこ氏が手がけたアートだ。

「軽井沢の自然からの祝福と調和」をテーマに、この地に息づく動物たちが炎とともに螺旋を描きながら駆け上っていく情景が描かれている。暖炉に火が入ると、その絵の中の動きが、実際の炎の揺れと重なっていくように見える。
人は、炎を見ていると、言葉が少なくなる。何かを考えようとするのをいつの間にかやめていて、気がついたらスマートフォンをどこかに置いていた。暖炉の脇のロッキングチェアに腰を下ろすと、揺れるたびに床が低く鳴く。その音が背骨のあたりにやさしく届いて、静かな空間に溶けていく。

壁には浅間山のモノクロ写真が2枚並んでいる。フォトグラファー根本絵梨子氏の作品だ。一見すると何の風景かわかりにくいが、カラマツが紅葉し、山肌一面が黄金色に染まる夕暮れを捉えたものだという。根本氏は地元からずっと浅間山を見て育ったが、この写真をきっかけに秋の山の美しさを新たに見出したと語っているそうだ。遠い時間に撮られた写真と、窓の外に今日見える稜線が、ここでそっと重なる。その重なりに気づいたとき、自分がどこに立っているのかを、改めて感じた。

フロントデスクの頭上には、韓国の陶芸家・ソ・ヒス氏の照明作品が下がっている。医療用包帯をモチーフにしたセラミックで、傷を包む「包帯」を癒やしの象徴として捉え、それを硬い陶器で表現している。柔らかなものと硬いものが、ひとつの形の中に共存している。近づいてよく見ると、その形が少しずつ違っていることに気づく。

チェックインを終えたばかりなのに、ここに座ると不思議と急ぐ気持ちがなくなる。思わず時を忘れてしまうが、誰かの足音が聞こえ、ふと我に返って腰を上げた。
廊下を進むと、宿泊者だけに開かれたライブラリーがある。背の高い木の棚に、軽井沢の自然や建築、デザインにまつわる書籍が並んでいる。棚の前に立ってタイトルをひとつひとつ目で追うだけで、自分がどんな土地に来たのかが、じわじわと輪郭を帯びはじめる。旅の最初に、こういう時間があるのはいい。


ライブラリーを抜けて客室へ向かう廊下の奥に、窓を背にしてひっそりと佇んでいるものがある。クラフト作家・上原かなえ氏のヒンメリだ。フィンランドの伝統工芸で、藁などの自然素材を糸でつないで幾何学的な立体をつくるモビール。光を受けると影が揺れ、風が通るとかすかに動く。チェックインしてから気づかずに通り過ぎてしまいそうな場所にある。でも一度見つけると、どうしてもそこに引き寄せられる。




椅子に、体温を移す
ウェグナーのチェア、ボーエ・モーエンセンのキャンバスチェア、イサム・ノグチのコーヒーテーブル——これらのデザイン史上の名作が、ホテルという文脈の中で「使うもの」として置かれている。美術館のガラスケースの中ではなく、朝のコーヒーカップが置かれ、夜は上着がかけられ、旅人の体温を吸収していく。それが、このホテルにおける名作家具の役割だ。

朝、コーヒーを片手に腰掛けると、背もたれが肩甲骨のあたりにすっと沿ってきた。身体の重さを預けると、椅子がそれをちゃんと受け止めてくれる。長い時間をかけて人の身体のために考えられたものの、静かな誠実さが、背中から伝わってくる。
9室それぞれに、異なる家具と小物があるらしい。とある部屋には、黒朱の欅の帳場箪笥と古材のローテーブルがある。日本の手仕事と北欧の名作が、同じ空間で静かに向き合っている。どちらも主張しない。でも、それぞれの時間と場所で、誰かの手が丁寧に関わったものであることは、そばに置いてみるとわかる。来るたびに部屋は違う顔を見せ、何度訪れても、はじめて泊まるような新鮮さが残る。


朝の洗面台は、自分を見つめる場所
白いカウンターに、2つの水栓が並んでいる。
旅先の洗面台は、どこか慌ただしくなりがちだ。でもここでは、広くて白いカウンターと木の鏡枠の温かさが、なぜかゆっくりさせてくれる。bamfordの石鹸を手に取って泡立てると、植物の、湿った土のような静かな香りがふわりと広がる。主張しない、でも確かにそこにある香り。目を閉じると、軽井沢の森の中に立っているような気がした。
歯ブラシは竹製で、ヘアブラシには間伐材が使われている。手に取ると、それとわかるくらい、普通のものとは少し違う。シャワーキャップはとうもろこし由来の素材で、バスタオルはコットン。こういうものが当たり前のように置いてある宿に、泊まりたいと思っていた。
鏡の奥に、木の格子が映っている。シンプルな部屋が、鏡を通してさらに奥へと続いているようで、しばらく見つめてしまった。素材を丁寧に選ぶと、偶然のような奥行きが生まれる。それがこの宿のあちこちにある。

丸いテーブルで、食べるという行為を見つめる
キッチンとダイニングを備えた客室がある。
軽井沢で手に入れた食材を部屋で整えて食べることもできるし、近くのマルシェで気に入ったものを持ち帰ることもできる。そういう選択肢がここにはあって、その自由さが、この部屋の豊かさのひとつだと思う。


その朝は、バスケットに入った朝食がドアの前に届いていた。パンと果物と、小さな瓶のジャム。それを丸いテーブルに静かに並べた。
ペンダントランプがちょうどテーブルの真上にあって、朝の自然光と混ざり合いながら、食べものの上だけを柔らかく照らしていた。パンの断面の色、ジャムの透明感、果物の皮の質感が、その光の中でひとつひとつ際立って見えた。食べる前にしばらく、ただ眺めていた。
おなかが空いているのに、すぐに食べ始めなかった。そういう朝が、久しぶりだった。

火と、ほどかれる時間
ホテルに隣接する「AQUAIGNIS GARDEN SPA」には、薪ストーブのサウナがある。
扉を開けると、乾いた熱気が顔に当たる。腰を下ろして目を閉じると、薪が爆ぜる音だけが聞こえる。熱が皮膚の表面から染み込んで、筋肉の奥まで届いていく。考えようとするたびに、熱がそれを押し流す。サウナの中では思考が溶けて、自分が何者かもどうでもよくなる。その感覚が、こんなにも気持ちいいとは思わなかった。
水風呂から上がると、皮膚の表面がひりひりと冷えて、内側だけがまだ温かい。脱衣所のベンチにタオルを羽織って座っていると、その境界線がゆっくり曖昧になっていく。着替えを終えてラウンジに移ると、淡いグレーベージュの壁とチーク色の木が静かに出迎える。低くあたたかな灯りの中で、Rを帯びた天井が頭上を包むように広がっていた。時間の感覚そのものがゆるやかになっていくのを、ただ感じていた。
光が、動く

朝は光が斜めに入って、木の壁に縞模様をつくる。昼は天井の白に溶けて、空間全体が均質になる。夕方には暖炉の炎だけが部屋を照らし、影がゆっくりと揺れる。同じ部屋なのに、光が変わるたびにまったく別の場所になる。
記録したかったのは、「何をしたか」ではなかった。朝の光が木に触れる瞬間。石鹸の泡が流れていく白さ。炎の前でチェアが小さく揺れるリズム。言葉にしようとすると逃げていくものを、留めたかった。
でも、ここで起きたことの多くは、きっとどこにも残っていない。木の匂いも、床の音も、熱が抜けていくときの静けさも。それでいいと思っている。それは、また来る理由になる。


この場所について
施設名:HACIENDA KARUIZAWA
所在地:長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢中谷地1178-1293
アクセス:軽井沢駅北口から徒歩1分「軽井沢T-SITE」内
客室数:全9室
宿泊料金:3万8000円〜(2名1室、1名あたり)
デザイン監修:ザ・コンランショップ
写真と映像:ひだまりもよう。
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